アバウト

私たちのまち、砂川にはケーキ類、和菓子類、パン類、冷菓類などを作っている大小8つのメーカーがあり、そのうちの8社が11の店舗(テナントショップを 含む)を出しています。なかには、創業100年を超える老舗や新しいお菓子づくりにチャレンジするお店もあります。ひとつひとつのお店が手づくりを基本に オリジナリティに富んだおいしさを競い合っています。 私たちは、国道12号を中心に11の店舗が広がる、この街を「すながわスイートロード」と名づけました。「スイート」はお菓子をすぐに連想させますが、”ここちよい”,”うれしい”、”美しい”という意味もあります。私たちは、公園もスポーツもショップも文化も皆さまを快くする、砂川ならではの「Sweet」であると思っています。

さあ、この機会にあなたも「スイートロードの旅」を存分にお楽しみください。

【お問合せ先】

事務局 砂川市西6条北3丁目1-1(砂川市役所内 商工労働観光課)
TEL(0125)54-2121(代) FAX(0125)54-2568
メールはこちらからお願いします

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

題名

メッセージ本文


成城大学法学部教授  打越綾子先生のレポートから

幸せのお菓子で明るい街を目指す

すながわスイートロード協議会の取り組み

■過去の繁栄と過疎化
現在、人口が僅か2万人である北海道砂川市は、実は明治時代から商業と交通の要衝として栄えた街であった。1930年代には大手企業の肥料工場が進 出 し、戦後の高度経済成長期には多数の従業員が意気揚々と働いていたという。また、周辺地域に炭鉱を抱えており、近隣の歌志内・上砂川といった地域には炭鉱 労働者が次々に移り住んできた。大工場地帯から上がる煙は、砂川市の繁栄の象徴として市民の自信の証であった。
しかし、1970年代にはいると、肥料工場の経営が急速に悪化し、統廃合を繰り返す中で従業員数は激減することになった。また、周囲の炭鉱が閉山される と、ついに炭鉱労働者の姿も見られなくなった。さらに、その後のバブル経済を通じて札幌と旭川の都市圏に商業機能が集中したことで、砂川の市内商店街は危 機的経営状況に陥ることになった。かつては工業都市として繁栄していた砂川の街は、一転して過疎問題に直面することになってしまった。
砂川市役所の現在の中堅職員らは、繁栄を極めていた時代に小・中学生であった世代である。ところが、いざ彼らが市の中核を担う時代になると、自分の街は一体どうなってしまったのかと不安と挫折に襲われることになったのである。

■起死回生の試み
こうしたマイナス状態からの脱却を目指して、起死回生の試みとして砂川市が力を入れているのがお菓子をモチーフにしたまちづくり事業「すながわスイート ロード」の運営である。唐突に見える事業であるが、実は菓子作りは砂川の地域に長く根ざした活動であった。砂川市内には、菓子業を営む店が9つあり、全国 的な知名度やシェアを持つ店も多い。砂川市で菓子業が発達したのは、肉体労働をする工場の従業員や炭鉱労働者の疲れを癒し、また家族や親戚へのお土産とし て喜ばれるとして、甘いお菓子が重宝がられたからである。その後、市内の各種の産業が衰退していく中でも、独自の努力を重ねてきた菓子店は、その元気の良 さが逆に目立つようになっていった。こうした経緯で、こうした菓子業を使った街のブランドづくりに期待が寄せられたのである。
そこで、2000年に策定された砂川市の第5期総合計画の中に、ハード系事業とは異なるソフト系事業の目玉として、菓子業をモチーフにした商業・観光振 興のアイディアが盛り込まれることになった。これを受けて、商工労働観光課が「すながわスイートロード構想企画案」という文書を作ることになった。そこに は、環境・集客・交通・素材の4つに配慮しながら、家族連れ、女性、カップルをターゲットとして、札幌圏、道内全体、道外エリアと順を追って知名度を上げ ていこうという手順が描かれている。砂川の菓子店のクオリティの高さを考慮すれば、十分に着手可能な手堅い企画案であった。
ところが、このアイディアを現実のものにするための各方面への調整は、予想していた以上の労力を要することとなった。第一に、菓子店自らが、市の重要産 業として位置づけられることに躊躇するという事態となった。もともと地域の労働者のために尽くしてきた菓子職人たちは、税金によってまかなわれる活動の主 役になることに遠慮したのである。しかし、砂川市の強みとして他地域にアピールできる産業は他になく、市としては菓子店の尽力を求めざるを得ないところに 来ていた。商工労働観光課と地域の商工会議所は、そのことを2年にわたってねばり強く説明し、菓子店の協力を得る体制を整えた。
もう一つ乗り越えねばならなかったのは、庁内での合意の確保であった。商工会議所や菓子店の気運が高まって来た時に、今度は行政機構内部から本当に実現 可能なのか?といぶかる声が挙がったのである。市の財政がいよいよ危機的状況に陥っている中、新しい事業に予算をつけることに、財政部局が疑念を抱いたの も無理はない。
とはいえ、この頃になると、お菓子をモチーフにしたまちづくりに対する市民の期待の声も強まっていた。実は、砂川市の菓子店は独自の組合を構成してお り、菓子組合の青年部は20年も前からお菓子を通じた地域活動を行ってきたのである。親子でケーキ作りをする講習会を開いたり、授産施設での講習会を開い たり、営利目的だけではなく地域に貢献する目的で活動を広げていた。20年もこうした活動をすれば、かつて母であった人は祖母となり、かつて少女であった 人は母となる。地域のために頑張っている菓子店には、今やサイレントな応援団が出来上がっていた。
こうして2003年度に、「すながわスイートロード」という地域ブランドが産声を上げたのである。そして、関係者から構成される協議会が立ち上げられ た。そこでは、運営の基本的方針は地域の経済・社会団体と菓子店組合が決定することとし、行政側は実施に伴う事務作業を請け負う体制となった。具体的に は、幹事職は市内の関係団体の役職者に担ってもらうこととし、さらに菓子組合に属する菓子店全員が協議会の中に入った。そして、事務局には、商工会議所の 職員と砂川市役所の職員が同じ立場で入ることとなり、基本的方針を具体化するフォローの作業を行うこととなった。

写真 すながわスイートロード自慢のお菓子
(筆者自身、取材を通じて4店のお菓子をいただきました。本当に美味しい!!)
050302-01b.jpg

■現在の活動
毎年度の事業は、現時点では、大きく分けて四種類である。第一に、住民のためのお菓子手作り体験事業を行っている。野外でパンを作るイベントや、親子で参加するタイプのケーキ作りイベントなど、地域住民には好評のようである。

050303-01a.jpg
【野外でのパン教室】
050303-01b.jpg
【親子でのケーキ作り教室】

第二に、地域ブランドのイメージアップを狙って季節ごとに行うディスプレイ事業がある。例えば、七夕の笹の葉の飾り付けや、クリスマス時のイルミネー ションなど、街の雰囲気を向上させようという努力を少しずつ始めている。興味深いのは、ハロウィンにちなんだかぼちゃの飾り付けである。日本では、ハロ ウィンを祝うイベントはそれほど目立つものではないが、ハロウィン時に各家庭を回る子どもたちが発するtrick or treat!(魔法をかけられたくなかったらお菓子をよこせ)という呼び声を考えても、お菓子をモチーフにした街にはぴったりのイベントであると言えよ う。

050303-01c.jpg 050303-01d.jpg

【ハロウィンのカボチャの飾り付け 】

第三に、菓子店自体の質の向上を目指すための講習事業を積極的に行っている。ホテルの接客責任者を招いた接客講習や、お菓子を一層引き立たせるための ラッピング講習、地元の食材を活かして地域に根ざした商品を作るための地産地消フォーラムなど、関係者が集まって行う講習会では、情報や意見の交換が盛ん に行われる貴重な機会となっている。

050303-01f.jpg
【接客講習会の様子】
050303-01e.jpg
【ラッピング講習会の様子】

第四に、各種のPR活動も行っている。地域のロードマップや看板作り、雑誌への広告掲載の依頼、各種の取材への丁寧な対応など、その努力は次第に報われ つつある。最近では、JRのキャンペーンや雑誌の特集記事に名前を連ねることも増えてきた。さらに、札幌や大阪などの大都市の物産展にも地元の小さな菓子 店が参加できるようになってきた。こうした物産展への参加は、「スイートロード」のアピールになるだけではなく、菓子店の従業員自身が都会の洗練された雰 囲気を学んで接客マナーを身につけ、さらに新商品の開発に向けて意欲を燃やす良い機会となっているという。
とはいえ、地域ブランドを新たに作り上げる作業は、決して簡単なものではない。構想を練っている時でさえ、多くの関係者が知恵を絞ったのであるが、いざ 事務局側が運営を開始すると、イベントの際の材料の手配や受付業務に始まり、日常的な連絡やPR資料のデザイン・校正作業にいたるまで、数多くの業務に忙 殺されるようになった。スイートロード事業を初めて2年、毎日が新たな挑戦の連続であるという。

■今後の課題
このように各方面から期待の集まるスイートロード事業であるが、北海道の三大菓子店(白い恋人の石屋製菓、六花亭、ロイズチョコレート)に比べると依然 として知名度が低く、また札幌市と旭川市の通過点という地理的位置にあるため、今後発展させていくためには課題も多い。
第一の課題は、「スイートロード」としての商品価値をさらに向上させることである。各種の講習会や新商品の開発など菓子店自身の自助努力はもちろんであ るが、総体としての「砂川市」及び「スイートロード」の価値を高めていく努力も今後一層必要であろう。というのは、9つの菓子店は、ダンプカーが行き交う 大きな幹線通り沿いに5キロにわたって点在しており、「スイートロード」という表現からイメージされるようなお洒落な街角ができているわけではないからで ある。そういう場所に集客を見込むのであれば、誰からも愛され、長期にわたって定着できるようなイベントや行事を考案する必要があろう。
あるいは、砂川市の他の観光資源と抱き合わせの企画を考案するのもよいかも知れない。というのは、これまでの砂川市では、前市長の意向により「アメニ ティタウン」を目指すまちづくりが行われ、「こどもの国」「オアシスパーク」といった広大な都市公園整備事業が進められてきたからである。現在の砂川市 は、住民一人あたりの公園面積は日本一である。これらの観光資源をさらに活用しない手はあるまい。
第二の課題は、市民に根付いたまちづくり活動としての位置づけを確立することである。
スイートロードの構想は、実は1996年頃にも一度持ち上がったという。ところが、その当時は、お菓子がまちづくりの中核になるという話に十分な理解を 得られず、そのまま企画はお蔵入りになった。今後、菓子店がさらに自信を持って活動を広げるためには、スイートロード事業に行政側が重点を置いていくこと に対する地域住民の一層の支持が必要となる。
自治体が如何なる政策分野を重点項目とするかは、結局のところ地域の政治構造に規定されており、首長、議会議員、その他の経済・社会団体の間での合意が 必要となる。過疎の町であるからこそ、他にも様々な行政ニーズがあり、財政逼迫の中いずれの政策分野もギリギリの予算で事業をやりくりしている。そういう 意味では、観光客や主婦層の素朴な支持を集めるだけでは、更なる発展を目指して事業を拡大していくことは難しい。過疎の街を再び活性化するために、スイー トロードの試みが本当に役に立つのか、役に立つとしてどうすれば高い効果を得られるのか、単なる商業・観光業の意味を超えて、地域のまちづくり活動という 文脈から捉えなおさなければならない。すなわち、外部に向けたPRだけではなく、お菓子を街の中核産業に据えることへの住民の理解を求める作業が必要と なってくるのである。

砂川スイートロード事業の試みは、まだ始まったばかりである。けれども、それはゼロからのスタートではないはずだ。かつて繁栄をほこった地域としてのプ ライドを思い出し、それを支えた地域の協働の力を再び掘り起こせば、お菓子ブランドの単なるPRを超えた、地域の活性化につながっていく可能性はある。ス イートロード事業にかける関係者の「郷土愛」が、さらに一層発展した形で結実するよう心からのエールを送りたい。